大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和51年(行ツ)99号 判決

上告人

神野哲久

右訴訟代理人

青柳虎之助

被上告人

津島税務署長

後藤冨美

右指定代理人

藤井光二

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人青柳虎之助の上告理由第一点について

行政事件訴訟法一四条四項を適用して取消訴訟の出訴期間を計算する場合には、裁決があつたことを知つた日又は裁決があつた日を初日とし、これを期間に算入して計算すべきものと解するのが相当であり、これと同旨の原審の判断は正当である。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第二点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(岸盛一 下田武三 岸上康夫 団藤重光)

上告代理人青柳虎之助の上告理由

第一点 原判決は法令の解釈適用を誤つた違法があつて、破棄せられるべきものと信ずる。

一、原判決は第一審判決の事実の認定及び法律上の判断を全面的に肯定引用し、上告人の訴却下判決を認容し、上告人の控訴を棄却しているところ、第一審判決には以下詳述するごとき違法が存するので、延いては原判決もまた違法たるを免れない。

二、第一審判決は、その理由において、

「行政事件訴訟法第一四条一項取消訴訟の出訴期間は処分又は裁決のあつたことを知つた日から三箇月以内に提起しなければならないとし、同四項において、右第一項の期間は審査請求をした者については、これに対する裁決があつたことを知つた日又は裁決の日から起算すると定めるのであるから、この場合三箇月の出訴期間は裁決のあつたことを知つた日又は裁決の日を第一日として期間計算をなすことは法令用語の解釈として当然である。このことは例えば国会法一四条、一三三条、行政不服審査法一四条一項、四五条、国税通則法七七条、一一一条一項、地方自治法一四三条四項、二二九条三項等の用語例を対比しても明らかである」旨を判示している。

三、しかしながら、右第一審判決の見解は、法令用語の実質的意味を理解せず、機械的な文字解釈に捉われ、法の真意を誤解したものといわざるをえない。なんとなれば、民法一四〇条は期間を定めるに日、週、月又は年をもつてしたときは期間の初日はこれを算入しないと定めているところ、この法の意図するところは、人権の保護にあることは、民法一三六条一項が期限は債務者の利益のために定めたものと推定すると規定しているところからも明らかである。

四、しかして民事訴訟法及び刑事訴訟法はともに人権保護の立場から、民法同様に期間の初日を算入しない旨を明定し、刑法にはその旨の条文は存しないが、民法一四〇条の規定が適用さるべきであることは学者(団藤重光氏)の説くところである。

五、すなわち、期間の初日を算入しないことは人権保護の立場における大原則であり、唯期間の初日を算入しないことが却つて人権保護に副わないとき又は人権と直接何ら関係のないときにおいてのみ初日を算入するものと解しなければならないのである。

六、第一審判決は、行政事件訴訟法一四条四項の「起算する」という用語から単純に初日を期間に算入すべきものとしているが、「起算する」という字句と民法の例えば一六八条の「弁済期ヨリ二十年間」或は民事訴訟法の例えば一五七条の「期間ハ裁判カ効力ヲ生シタル時ヨリ進行ヲ始ム」又は刑事訴訟法三五八条の例えば「上訴提起期間は裁判の告知された日から進行する」というのと全く同意義であつて、そのすべては唯その時、又はその日が初日というに止り、法令が起算「する」との字句を用いた場合は常に必ず初日を算入するものと限定的解釈を下すべきものではなく、各場合に応じて初日を期間の第一日とすべきか否かを決定しなければならないのである。

七、行政事件訴訟特例法五条四項は「第一項及び前項の期間(出訴期間)は処分につき訴願の裁決を経た場合には、訴願の裁決のあつた日又は訴願の裁決の日からこれを起算する」と定められていたが、行政事件訴訟法一四条四項も全く同旨の規定であるところ、右五条四項の出訴期間に初日を算入すべきか否かにつき三ヶ月章氏は次のごとく解説している。「民事手続の訴訟法規で起算するという形で出訴期間が規定されている例としては、例えば再審に関する四二四条がある。この場合だけ起算するという語に強い意味を与え、民訴の一般原則の例外だといつている説は余りないようです。この言廻しはドイツ民法五八六条二項に由来するのですが(Von dem Tagan-gerechnet)そこから初日を算入すべしとする解釈はないようです。むしろ類似の言廻しをしているドイツ民訴二三四条二項(原状回復期間)について初日を算入すべきでないという判例さえでていますし学説(Baumbach zu § 222)もこれを支持しています。

公法上「起算する」という語にどれだけの意味が与えられるかはともかくとして民事手続の訴訟法規の解釈としてこの語にとくにそれだけの大きな意義をもたしめられるものか相当疑問だと思いますね」(甲第五号証参照)。

八、又甲第一号証「税務相談」の共同著者武田昌輔(成蹊大学教授弁護士)荒井久夫、原一郎(以上大蔵省主税局)、船田健二、渡辺邦男、和田義輔(以上国税庁)、馬場公明(東京国税局)、清水延日安(公認会計士)、鈴木章夫(税理士)の各氏は同書の冒頭において「本書は著者全員が分担を定めずに各項目につき十分時間をかけ十分な議論と吟味をした結果をまとめた」旨を強調し、自信をもつて発表したものであるところ、その二九七頁において「審査請求に対する国税不服審判所長の決定にもなお不服がある場合には、裁判所に訴訟の提起をすることができます。訴訟は審査請求に対する決定があつたことを知つた日の翌日から三か月以内に行わなければなりません(甲第一号証の三参照)という初日不算入を明確に解説しており、又雄川一郎氏は行政事件訴訟特例法五条の解釈として「特例法五条一項は出訴期間を「処分のあつたことを知つた日から起算すべきものとする」とし、かつこで(初日を算入しない民法一四〇条)と註をしているのである。

このように学者、実務家の解説も「起算する」という字句は唯初日という意味に解し、これを期間の第一日として計算しなければならないとする考えを否定しているのである。

九、第一審判決は行政事件訴訟法一四条四項の起算するとの意味は初日を期間計算の第一日とすべきものと解する根拠として国会法、行政不服審査法、国税通則法、及び地方自治法を引用しているが、これらの法律にはいずれも民法又は民事訴訟法の準用規定が設けられていないから、特に初日を期間の第一日に算入しない旨を明示しない限り「起算する」又は「……の日から……」とあつたならばその日を期間の第一日として計算しなければならないことは理の当然であろう。しかして第一審判決の引用する。

(イ) 国会法一〇四条は「会期は召集の日から起算する」とあり、同法一三三条は「この法律及び各議院の規則による期間の計算は当日から起算する」と規定するところ、国会法は人民の直接権利保護を規定した法律ではなく、議会活動は迅速を要し初日を期間に算入するを相当とする理由があるから、その意味において右条文の「起算する」とあるを初日を期間の第一日とするものと解さねばならないのであり。

(ロ) 行政不服審査法一四条は「……審査請求は処分のあつた日の翌日から起算して六十日以内」と規定しているところ、同法は民訴の規定を適用していないので初日を算入しないならば特に「期間は処分のあつた日の翌日から」といわなければならないのは当然として「翌日より起算して六十日以内」との表現については民法等の用語例に従えば「翌日より六十日以内」といえば足り、特に「起算して」の字句を加える必要がないのであつて、これはいわゆる口調又は文体を調える程度の意味しかないのではないかと思えるのである。

従つて「起算する」の字句に三ヶ月教授のいう「強い意味」を常に持たせる理由は全くないのである。

(ハ) 行政不服審査法四五条は「……異議申立は処分のあつたことを知つた日の翌日から起算して六十日以内」とあり。

(ニ) 国税通則法七七条には「……不服の申立は処分のあつたことを知つた日の翌日から起算して二か月以内にしなければならない」とあり。

(ホ) 地方自治法一四三条四項には「……前項の審査請求に関する不服審査法第一四条第一項本文の期間は第一項の決定のあつた日の翌日から起算して二十一日以内とする」とあり、同法二二九条二項には「……当該処分を受けた日の翌日から起算して三十日以内とする」とそれぞれ規定しているが、以上(ハ)乃至(ホ)の規定については(ロ)について述べたところとすべて同一であり、第一審判決がこれら条文の用語例を引用して本件につき初日算入を断定したのは全く法律の誤解といわざるをえない。

一〇、行政事件訴訟法は特に第七条において民事訴訟法を準用することを定めているのであるから、期間については民訴に従つて初日不算入を原則としているものといわなければならない。

しかも行政救済を定めた前項の(ロ)乃至(ホ)の規定がいずれも初日を出訴その他救済申立期間の第一日より除外しているのに拘らず、独り行政事件訴訟法一四条一項及び四項のみ出訴期間に初日を算入すると解することは全く合理性を欠くものと断言して憚らない。

その上、出訴期間に三か月という比較的長期間を設けながら、殆んど全く二四時間に満たない裁決のあつた当日、又はこれを知つた当日まで出訴期間の第一日に算入して人民が救済を求むる権利を制限して事件の急速処理をしなければならない緊急性は到底これを見出すことができない。同条が民事訴訟法の例外規定とするならば、何らかそれだけの重要な理由が存在し、甲第一号証の著者達第一線の実務家が熟知していなければならない筈であるのに、同氏等が民訴の原則どおりの解説をしているのは決して例外規定でなく又「起算する」の字句が第一審判決のいうような解釈をしなければならないものではなく、従つて前示のごとく雄川教授が「処分のあつたことを知つた日から起算する」としながら、初日は算入しないとわざわざ註をしておられるところよりしても第一審裁判所が「起算する」とあれば必ず期間の初日を第一日として取扱わねばならないとして上告人の本訴を却下した判決並にこれを支持した原判決は法律を誤解した違法があり、ともに破棄を免れないと信ずる。

第二点 〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例